昔から続いている年始の祈願であるが子供の頃は面倒くさく感じ、ある程度大きくなってからはなぜこんな事にお金をかけるのかと疑問を抱き、大変失礼ながら鬱陶しく思ったりもした。
しかしこれも神事の一つ、本質的には昨年行った七五三と変わらないし毎年買い換えているだるまなども同じ様なもの。
今更ながらそんな事に気付いて、過去の自分を恥ずかしく感じた。
そんな思いの変化もあり、今回の神事は穏やかな気持ちで見届けられた。
特別信心深い訳ではないけれど、自然と神社へ足が向いたり縁起を担いだりするのは心のどこかで神様の存在を信じているからだろう。
であれば神事に差をつけるのはおかしい。どんな神事も等しく受け容れないとね。