2018年6月8日金曜日

THE LAST OF US

名作と名高いラスアスも昨日で本編終了。ストーリー、グラフィック、システム、どれも素晴らしくさすがと感じる作品だった。

終わり方については様々な考察があるようで、どれもなるほどと頷かされたけど特に印象的だったのは最初は脅威であった感染者が楽に対処できるようになり、反面人間がどんどん手強くなるゲームデザインとなっているという部分でデビッドの存在等からも分かるように人間が一番恐ろしいと感じさせられる点。
それが冒頭の人間に感染していないという訴えを信じてもらえずサラを喪ってしまう件にも繋がるし、エリーが犠牲になってワクチンを開発できたとしても果たしてその恐ろしい人間達が正しく(ここではエリーが望んでいた感染予防のために平等に平和利用されると定義。)利用されるのかと言えば疑問に感じさせられる。
なので信じられない人間達よりも娘の代替なのかエリーそのものをなのかは分からないけれど自分が愛するエリーを選び、拙い嘘をついてまでその選択が正しい事を貫こうとするジョエルの行動も理解はできる。
しかしそれはエリーの意志を無視した選択であり、それまでに築いてきた信頼関係を失うというTHE LAST OF US(私達の終わり)になるのだろう。
このゲームを不信の物語と考察していた人もいたけれど、それも納得できる。
不信に満ちあふれた世界で唯一信じられる自分の選択は皮肉にもエリーの不信を生んでしまうのだ。

別の考察では最後の「分かった(OK)」を了解ではなく受諾であると考えていた。
テスの最期のようにエゴを貫くジョエルの考えをエリーは理解はできないが受け容れる、そして共に生きていくと。
しかしながら腕の噛まれた後を気にしているようにエリーの感染は停止ではなく非常に遅くはあるものの進行しているのだとすればいつかヘンリーとサムのように二人にも終わりが訪れる。それは本編では語られないTHE LAST OF US(私達の最期)である。
ジョエルとエリーが共にいるトレーラーが公開されている事もあり、2が出るとしたらこちらの選択を正とするのでは無いだろうか。

初めは突然のスタッフロールに「え、ここで終わりなの?」という感じだったけど、前者にしても後者にしてもそれ以外にしても十人十色の最後を考えされられる秀逸なエンディングだったと言える。
もしかしてTHE LAST OF USのUSはこの物語を見てきた人達で、人それぞれの終わりを意味しているのかもしれない。
このゲームに出会えて良かった!